第十ニ章


  『解体と再生について 〜その5〜』



















またもや、眠りこけてしまった。レキソタンのせいだろうか?


やはり、学校の夢を見た。

『この課題をやりとげなければ、”一人前の人間”になれないのよ』

と白髪混じりの女先生が言い、

『料理は得意です。』と私が言うと、 『”やっぱりあなたは なにも 知らないのよ”』

とまた他の先生が言う。

廊下には何故か片足にギブスをはめた老人達が、一斉に階段のモップがけをしている。

どこもかしこも、そう 階段も教室もトイレも「掃除中」だらけで、行き場がない。



給食の残飯整理係りが、大量の吐瀉物のような どすぐろい液体だか物体だかわからないものを、

処分している。

残飯を入れる大きな頭陀袋のようなものが印象的だ。

給食は まずかった。

みんなが、仕方なく食べていた。

仕方なかった。







『解体と再生について 〜その6〜』




お互いに相手を責めるというやりかたで、自分を責め続けていた。

これほどに悲しいことはない。

しかし、今に至って、

そのように客観視できるのである。





解体工事にかかるまでは、「また昨日と同じ今日が来た・・・なにも変わっていない」と陰惨たる気持ちで起き上がっていた。

だが今、”明日は明日の風が吹く”という言葉があるが、
その日 朝 目が覚めた瞬間の気持ちは毎日 猫の目の色のように違うのだ。
CMじゃないが、『そうだ、京都行こう!』と思ったり、
子育ての気持ちでお腹をなでたり、
暗い短歌を考えていたいと思ったり、
草花と人間の違いを考えたり、
そうだ!犬飼おう!と思ったり、
ただただ叫んでみたり、(近所迷惑)
もぐってももぐりきれない布団の宇宙の中・・・にいたり、
包丁を!ナイフを!我が手に!!と台所へ走ったりし、
血が見たい と思ったり、
また、長生きしたい!!と思ったり・・・
はぁ、お腹へった  と思ったり・・・
自衛隊派遣反対 とつぶやいたり・・・
遠い国の子供のことを考えたり・・・
今日こそは、じっくり煮物をつくろうと思ったり・・・

だからこれは、今年後半、本当に身をもって体感した言葉だ・・・。


”明日は明日の風が吹く。”




だからね、毎日が、我が心の”おももち”との戦い。



2004年は、どんな年になるのだろう?



とにかく、悲しい眼差しや悲しい涙より、笑顔でいられる時間を増やしたい。

色々な情報の大波が 雑音が
テレビ・本・雑誌・メール・ラジオ・インターネット・新聞・携帯電話・飲み会・仕事・社会・大家さん・おとなりさん・家族・またその遠い家族・・空から、地面から、
私に押し寄せてきても、
私自身を守る為、 その為の 取捨択一の考えを 持ち続ける。

捨てること、迷うことを、いとわずに・・・





いまさら こんなことに気付くなんて・・・

あの人が言っていたことが やっと少し わかった。



解体。



       ありがとう。



                        2003.12.31





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