第九章


  秋深けて 草花になりて 我 醒める




小鳥のさえずる音と、我がうわごとが、 遠くの方で ルーティングしている。
悪夢の中で目覚めて、でも身体がゆうことをきかなくて、やな汗かくなと思っていると、まだ そこは夢の中・・。 そんなことを二度三度繰り返してやっと現実らしいところに佇む。重い瞼を開ける。窓の外でシュロの木が揺れている。

ラジオもテレビも新聞もない生活・・・。

かろうじて、現代には携帯端末というものがある。
ニュースは、たまにそれでチェックしていた。
社会との接点のない中、なんの為に?わからないけど、人は 端末から 「ニュース」というところにアクセスしたりする。

不調な日々・・・。

電車は ジェットコースター。
乗る迄の どきどきする時間、そしてまた、電車という箱の中に収まっても、こわくて足に力が入らない。
予測不能な動きをする人間達は、その等身大以上の高い または低い温度を 放っている。
その溶解しそうでしないエネルギーの混じった 例えば 新宿などを歩くのは とてもつらい。

音がこわい。

街は 何故に あんなにも 大きな音を発しているのだろうか?

雑多な話し声も、はり巡らされた電波や電子音も、今迄平気だったものが 突如 形となって
自分を侵食していくのがわかる。





今日、みかんをいただいたので、夕暮れに ひとつ 食べた。

まだ、みかん色とは程遠い うすい黄色のまんまるい。

味は、まだ早い季節なので、ほんのりとだけ甘い。
だが、みずみずしい。

秋の遠足を思い出す。

母は、必ずお弁当に果物をつけてくれた。
贅沢な家庭ではなかったので、ほんの少しの量だったけれど、かならず葡萄や梨やみかんが入っていた。

野外でたべるそれは とてもおいしかった。

みかんの皮をむく我が手が、すこし乾燥していた。

そろそろハンドクリームが必要な季節だなと思った。





結局、ハンドクリームだけは買わずに、10月もどんどん過ぎてゆく。
トイレの洗剤やキッチンクリーナーや入浴剤は買うのに・・。
私は乾燥肌なので、強力なクリームをつけるべきなのだが、手がべとべとするのが気持ち悪くて、
なかなかそれをつけられない。だから、せめてもと「ベビーローション」をつけてしのいでいる。

唇も乾くのだが、これもまたべとべとするのが気持ち悪くて、リップクリームをさぼる。
どうにも かさかさだ。
色気もへったくりもない。

先日「やわからい夜に僕はこわれる」という芝居を観た。
正直、この劇団の前回の芝居は好みではなかったのだが、今回は雰囲気がとてもよく出ていて、
この季節、金木犀のゆれる秋にぴったりな芝居であった。

せっかくつくった「泥だんご」を壊す。

なにかを守ろうとしてやっていたことが、いつのまにか自分のエゴだけになってゆく。

壊す者
守る者
作る者
それぞれが真剣で、せつなかった。



また別の ある日の日記

人間の細胞は七年で入れ替わるのだそうだ。
だから、自分の魂がどこにあるのかはっきりしないとか、自己という認識もあいまいなものだとか、
そういうことは別にどうでもよくて、

へぇー   そうなんだ、   入れ替わるんだ・・・

とだけ思った。


昨晩は 月がきれいだった。

もうとうに 蝉も鳴かなくなって、マフラーのひとつもまいてよい季節かな?

発作も少しずつ、減ってきている。
テレビの音に慣れた。




またそれと別の ある日の日記

秋晴れ。
浅草の観音様にお参り。
おみくじ・・・凶。
誠実に過ごせとの お言葉。

もう一度、御加護を願うため、観音様に手をあわせる。

ひさしぶりに もんじゃ焼き(文字焼き)を食べる。

「今日 江戸祭りのおじさんから聞いたこと」

樟脳は くす(樟)の木が虫よけになることから、作られたんだよ・・・。

くすの木の 細切れになったものと、それから、天然のひのき油(美肌効果や癒し効果がある)をすすめられた。
少々 高めだったので、買わず。

江戸時代の猫の版画が売っていた。とても味があってかわいいので、玄関にでも飾りたいところだが、 四、五千円する。うーん・・・。
猫を擬人化した版画がおおいのは、江戸時代、犬よりも、猫やまたはすずめ等が 身近であったということ。

夕方、「かっぽれ」 を観た。
おどるおばさんの足が異様にたくましかった。あと毛も生えていた。

久し振りに 歩きまわって、夜 ダウンしてしまった。
足に力が入らなくなる。
それでも、浅草散歩は楽しいといつも感じる。

演芸場にも、次回は行きたいと思っている。



孤独日記



自分が48歳になっている夢をみた。
気付けば48歳だということに愕然としていた。
何をも成し遂げていないではないかと、
中身は今のままの ただただ弱々しい私である。
あと自分にはどれくらいの余生が残されているのだろうかと、陰惨たる気持ちで考えていた。

死へのあこがれから、生への執着へと、私の意識は変わって来ている。←これが今の私の現実なのだろうか?

夕刻、道ばたで、真っ白い猫としばし見つめ合った。



孤独ではない日記



数日前の話・…。

結婚式を挙げた友人から、ブーケをもらった。
よくある教会の前から投げるのではなく、花嫁→私指定で。
「ぜひあなたにもらってほしい」と。

言葉にしてしまうと空虚だが、『とてもうれしかった』
その日は体調も悪く足下もおぼつかない私に、真っ赤な薔薇のブーケが手渡された。

今までとても遠かった「幸福」という言葉が、わたしの中に じんわりと入ってきた。

自宅にブーケを持ち帰り、引き出物でいただいた 丸いガラスの花瓶に生けていたが、 さすがにしおれてきてしまったので、下げた。
それでもなお、真っ赤な薔薇は私の心に染み付いている。



ぶち壊れた女はアフリカまで行けるか?





そういえば、自律神経の弱い子供だった。

小学校3年生の時、食欲旺盛だった私が、突然食事が喉を通らなくなることがあった。

その時の担任のS先生は、自然や生き物をとても大切にする女性であった。
S先生はそのころいくつだったのだろうか?よく覚えていないが他のおばさん先生達にくらべれば、かなり若かったと思う。

一度、数人でS先生のうちへ遊びにいったことがある。
緊張してかしこまっていたら、家の中なんだから裸足がいいよと、自らも裸足で鉄板焼を作り始めた。
S先生は、「人は生きる為に牛や豚や鶏を殺して食べるが、きちんと食べることによって、その殺された生き物は私達の血や肉となり、生き返る」と話していた。
生き物好きの私によく話しかけてくれる先生だった。
アフリカへ単身渡ったりするたくましさも、素敵だなぁと思っていた。
私はS先生が大好きだった。


そのS先生が給食の食べ方について、こう決めたことがあった。
「最初から、自分の食べられる分だけ、取り分けましょう。」取り分ける分は、多くても少なくてもよい。
「ただし、一度今日の自分の食べる分を取り分けたら、一切残してはいけません。」
私は、自分の食べる分量を考え出した途端に、なんだか気持ち悪くなった。
だから、今まで食べていた分量よりもかなり少なめに取り分けた。
しかし食べきれなかった。
S先生は厳しい目を向けた。
次の日、何も食べないで学校へ行けば、昼にはおなかがすくだろうと、朝御飯を食べないで行った。
おなかは、すかなかった。
夜御飯も抜けば、給食は食べれるのではないか?と思った。
しかしおなかはすかず、給食はひとくちも食べられなかった。
そのうち、学校へ行く時間になると吐き気をもよおすようになった。
病院にいっても、体は悪くありませんと言われる。
病院にいってから、よろよろと遅刻して学校にいくと、大好きだったS先生は、私にさらに厳しい視線をなげかけた。

S先生は、クラスの全員の前で、「あなたは甘えているだけだ!」と大きな声を出して怒った。

次の日、なぜか 憑き物が落ちた。食べられるようになっていた。

この話をつい先日、母に話したところ、ほとんど覚えていなかった。

今思えば、残してはいけないことが大事なのではなく、「食べる」ということをS先生は教えたかっただけなのだろう。

この小学校3年生の思い出は、私に『陰と陽』をもたらす。
私はやはり気持ちの弱い人間なのだと、責める。
しかし一方で、アフリカ土産をこっそり私に渡してくれたS先生との絆は、何故か「生きる」ということを強く思いださせてくれる。



200X年、8月、ついに精神が崩壊した。

食欲がなくなってきていた。
胸のあたりがズキズキと痛い日々。苦しくなるとがんがん胸をたたいて、ごまかしていた。
一応医者にみてもらうと、心臓病でもなんでもないと言われる。

しかし、日に日に歩くのはつらくなってくるし、夜中に、 自分が誰だかわからなくなったり、意味不明なことを口走ったりする。
痛みで自分を実感する為に、壁に体を打ちつける。
叫ぶ。
悲しくなんかないのに、涙が出る。
ふるえる。
一日何回もトイレに行く。
夜中、このような自分を持て余して、道端に茫然と座って過ごしたこともあった。
このような状態が続いた為、気付くと友人に心療内科へ連れて行かれていた。
不安障害・うつ病・パニック障害・・・。
一時は免疫力も落ち、抗生物質を飲み続けた。
現在、精神安定剤をいくつかと、軽い睡眠薬を飲んでいる。


十一月に入った・・・。

調子のいい日もある。悪い日もある。

S先生は今、どうしているだろうか?

S先生、今も食欲が出ないのです。

しかしもう、しかってくれるS先生はいない。


続 ぶち壊れた女はアフリカまで行けるか?



秋のある日、わたくし捨てた高校時代のアルバムを、同級生友人宅で開いてしまった。
小中学校時代と違い、片手であまりある人数の友の名しか覚えていない高校時代...。
過去をふりかえって得することは少ない。...後悔した。

悪い事はかさなるものだ。自傷行為をする友人が立続けにあらわれる。
全身全霊でなにかにひたむく人間は、その魂を突然消したくなることがある。
しかし、自傷行為または自殺行為はなんの懺悔にも祈りにもならない。
わたしは今、そう思っている。


おかしなもので、社会から一歩身をひかざるをえない生活で私、9.11以降のアメリカの対応や、日本の政治に どうしても飲み込めないものを抱く。


調子が悪い日が続いた為、通院。
処方箋調剤を兼ねている薬局に、薬をもらうため行く。
精神安定と睡眠薬の処方が続いているので、じろじろと私の顔を見る。
「なにか体にいいもの飲んでる?」とおばさんの薬剤師に聞かれ、
「ローヤルゼリーを飲んでいます」と答える。
「ローヤルゼリーじゃだめよ」とおばさん。
なんだと?と我が心の声。
すると得体のしれない漢方をしつこくすすめられる。
しかも値段が高い。
「なに?ストレスかかえてんの? 『肝』が悪いから よい 気 の流れにならないのよ、薬に頼らず漢方を飲みなさいよ!!
都会はストレス多いからねぇ...ダメよ!!薬に頼ってちゃ!!」

こっちだって、好きで色々と薬をのんでいるんじゃない。
薬はあくまでも体調を良くする為の補助だ。
母から送ってもらうローヤルゼリーを飲むことの方がよっぽど私の気の流れをよくする。

毎日考えている。行動だってしている。
気も流れてるよ。愛だって魂だって、あんたよりある。

久々に、どうにもこうにも腹がたってしまった。
東京に出てくる前から、心の具合が悪い時はあった。
都会でも田舎でもあるものはある。

何が”都会はストレスが多いからねぇ”だ。
わかったような事を言われて、納得できる人間がいるのだろうか?
毎日「はなまる」と「真紀子のワイドショー」と「みのもんた」をみているような人間に、もの申されたくない。

その薬局の店頭立て看板は、楳図かずお の漫画のような怖い目で笑っている少女。
ピンク。




次の日、
小泉首相の顔、どんどん悪い顔つきになってきているなと思う。


続 続 ぶち壊れた女はアフリカまで行けるか?



ずいぶんと 寒くなった。
あたたかいお茶が かかせない。
この頃では、『うつ』の物理的な症状が出て来て、手先が不器用になった。
ちなみにこれは、薬の副作用ではない。

”見えるものも見えないものも全て”を大きく感受してしまう。
第6感 増幅中・・・。

わけのわからないものが、たくさん私の中に入ってくる。この状態、女優としては、物凄く繊細な演技ができるのではないかとさえ思う。

が、理解力が不足しているので、外出・買い物などはとても苦手だ。
そして、
ゆっくりと歩くようになった。

手元にある本が読みたくても読めない。
手元にある観たい映画を観ることができない。
手元にある聞きたい音楽が聞けない。

なんなのだ、この病気は!!!
病院の先生(彼女のことを最近好感を持って受け入れている)・・・
「うつ病の症状です」
自分が「うつ病」だということを受け入れることは、実に難しい。

休養しろといわれても、やりたいことがいっぱいある。

しかしながら、
「ここはどこ?」
「わたしは誰?」
という言葉を体感して起きる毎日。

ある意味 この感覚は新鮮である。


狂っているのが 日常。



今日も、カーディナルテトラに餌をあげ、草花達にお水をあげる。


霜月の終わりに・・・



階下に住む大家さんの御家族から、深夜、足音がひびくと 苦情が来た。
確かに、夜中に具合が悪くなることが多かった為、トイレに何度も起きたりしていた。

そう苦情として言われると、どうしても気になるもので、消音カーペットを導入。
現在、「おしとやかに」を心情に、生活している。

お詫びに、”文明堂のカステラの菓子折り”を持ってご挨拶に伺った。
「どうも 御迷惑をおかけして申し訳ございません。」と伝え、カステラを渡す。
すると、「ちょっと待って」と 声をかけられ、取りたてだというトマトを3つばかりいただいた。
私、お礼を述べる。

御近所つきあい・・・。

そのできごとの延長線で、最近 『距離感』という言葉が頻繁に頭に浮かぶ。

地に足のついた生活とは何でしょうか。
そもそも表現者たるもの、生活なんてこと考えているのは 御門違いなのでしょうか?


しかしながら、今の家は 木造なので、居心地がよい。
かの「美輪明宏」さんも言っていたのだが、コンクリートで固めた家や、無機質なマンションに住む人達は、キレやすいのだそうだ。

私のおだやかな暮らし・・・。

外交官が事故にあったり、悲しい世界が存在していることも事実。

本当に 不思議とおもわざるをえない 私から観る世界。






『たわわなる 柿を見上げて 雨あがり』


本日作った 俳句・・・。





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